丘の上・昭和ファサード

そもそもが伊那市の小平さんから電話をもらったのが きっかけだった 「飯田には看板建築はないのか」

と聞かれたが そういえば見かけないな と思いつつ 飯田大火以降すでに70年余 当時の建物はすでに

老朽化しつつあり いつ解体されてもおかしくない現状だ そこで できるだけ記録しておくことにした

 

伊那まち通り町銀座物語

2017年 飯田歴史研究所建築史ゼミで 旅のしおりと称して 参加各自でパンフレットを作成

これは伊那市在住の小平さんによる 同市通り町の看板建築についての研究から

通り町銀座商店街の山側(西側)と川側(東側)のファサードの詳細イラスト

豊かな表情のアーケード上の建物のデザイン

左は吉田理容店の歴史 仕上げは洗い出しのようだ 右は正藤酒店の外装詳細 銅板葺きのデザイン

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小平さんは伊那市中心部通り町商店街について精力的に研究を続けている

雑貨&オープンガーデンのグリーンゲイブルズのオーナーでもある

(2026・4・22)

 

知久町1丁目昭和ファサード

まずは知久町から 1丁目はレディズの店舗が多い

1丁目の南側の履物・太田屋さん モルタル塗りのアルミサッシ 八十二銀行飯田支店を挟んで平沢時計店

おそらくは これもモルタル塗りだったと思われるが その上にサイディング張りか

さらに西に進むと宮川紙店 これもモルタル塗りだが もとは洗い出しのような気がする

北側に移って 炉端のつきぢもモルタル塗り 右は空き店舗(レディス)

同じ経営者で2軒の空き店舗 右はやはりレディズのボン・マツヤ 洗い出しで塔屋付のファサード

さらにその右側に靴のいちはし トタン板横葺きでペンキ

1軒おいて 菓子とパンの一不二 ここはパネルのカーテンウォール

お茶屋を挟んで 廃業した村さ来 トタンにペンキ 右は陶器の叶屋 洗い出し

 

知久町2丁目昭和ファサード

つづいて知久町を2丁目に上る(飯田中心部の町筋は西方向に3%の勾配で上っている)

やはりここでも 洗い出しが主たる仕上げ方法だったようだ

目地はそのままに モルタルで薄く被い リシン吹き付けとなっている

2階部分にパラペットを立ち上げ 商店街のスカイラインを統一している

左の電器店も同様 右写真の右側は電気モーター修理専門店 竪の板張りにペンキのようだ

左の薬店は なかなか風格がある 右写真の左側は千秋庵が鼎に出る前 営業していた

右は仏具屋だった記憶 縁取りもよくあるスタイル

2021・9・21

 

知久町3丁目昭和ファサード

ここからは3丁目 アーケードの柱は樹脂製

左は居酒屋で洗い出し さらに元子ども洋品店は大火後以来の和風

鋼板スパンドレルの空き店舗(元松沢カメラ) 廃業した自転車屋と続いて元仏具店

松沢カメラと廃業の喫茶店 さらに駐車場のシャッター

旧竹内青果店の西側は旧板屋製菓 さらに美容室

北側に移動して洗い出しの元刀剣商 さらに陶器店

横張のサイディングはワタヤ洋品店 続いて リシン吹付の佐々木呉服店

同じく佐々木呉服店 駐車場を挟んで知久町3丁目の集会所・竹川会館 サイディングのようだ

1階はスナックとなっている 隣の妻入りの建物は喫茶店 2階は住居

(2026・4・22)

 

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