旧飯田城堀端遺構
江戸時代初期の絵地図から
銀座5丁目 旧木村屋更地
ずっと空き家だったパン屋の店舗が解体された
道路面からは約2mほど低い位置に地盤があった 正面アルミ塀の下端が隣地の地盤
逆側から銀座通り方向 この石垣が飯田城の水堀の遺構かどうかはわからない
さらに今後の土地利用も不明だ
(2025・6・17)
伊福屋商店地下倉庫
追手町1丁目の青果卸店 前から地下室があることは聞いていた
たまたま所用で店を訪ねた際 写真を撮らせてもらった それが旧飯田城の濠に当たるのかどうか
近くの遺構とは 位置的にはズレているし 当時の絵図からも それが伺えない 考えられるとすれば
明治初期に近くの不用の堀を埋める土を ここから調達し 逆に地下倉庫を造ったのか あるいは
大火後に造られたのかどうか 同年代の先代はすでに亡くなっている 旧知のオクさんに聞いてみたい
(2021・8・17)
前述のように銀座通り東側は水堀の遺構が残っている また土地は旧飯田藩士末裔の組織・共同社の所有地
したがってそこからの借地という形をとっている
銀座5丁目・旧新美酒店の地下には堀跡を利用したワインセラーがあったとかで
水の手通り側からの入り口はシャッターで閉ざされている
同じく旧新美酒店の北側の倉庫跡地も道路からは2mほど低い
右はさらに1軒おいた 3階建ての旧料亭の地下駐車場へのスロープ
その後 上写真左の空き地は埋め立てられ 続いて旧酒店舗も解体準備作業が始まった
右は解体後 わずかにワインセラーの痕跡が残っている いずれ埋められてしまいそうだ
左写真は黄色い倉庫の1階部分 テナント改装中で地下に続く階段があり倉庫として使っていたようだ
(2015・1・27追補)
銀座4丁目 文具のキング堂と隣接の柴田薬局では傾斜路を共有しての
地下駐車場 右写真 裏側・柳小路からもランプがあり地下への入庫が可能
左は銀座3丁目・堀端ビル地下への裏側の主税町からの傾斜路
右は銀座2丁目・旧さすたま店舗の地下倉庫 現在は埋め立てられてしまっている
同じく2丁目 旧さすたま の南隣のビルにも地下店舗がある さらに主税町方面に廻りこむと
澤村屋呉服店のビルにも地下があり 右のシャッターから階段で下りると「リュニオン」という飲食店
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銀座3・4丁目は改築が進んでいるが 2丁目は古い木造店舗が残っている
銀座2丁目のファサード 一番左に和菓子店・和泉庄 駐車場が鮮魚店・さすたま跡地(現在駐車場)
和泉庄の主人に話を聞いたら 地下は川砂で埋め立てた とのこと
左に半地下式の店舗は営業していない 次いで手芸用品・ミドリヤ さらに旅行代理店
ミドリヤの主人によれば 高さ2mほどの地下室があり 倉庫としているの由
飯田ツーリストセンターでは地下室の有無は不明
その南側 昔スズモ化粧品店のあった 空き店舗 協同合資会社の貸店舗張り紙
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堀端遺構絵図
先日何気なく 書棚の「主税町のあゆみ」を取り出したところ その表紙の絵図をみておどろいた
発刊は昭和51年(1976年)で 絵図は市内某氏所蔵のものらしい
右は水堀部分の拡大で 堀端道路の傾斜の あり方が描かれている レアもの