智留彦景観論

感動空間の創出 ―景観都市デザインの方向―

1 はじめに

 あちこちで 景観論争が盛んだが、主観的な美醜論争に終始する傾向がある。景観については

30数年前から、興味をもっていたことがらで、今回早稲田大学の後藤春彦教授の「景観まちづくり

論」を読み、大いに触発され、考えをまとめてみることにした。  なお以下に掲げる「都市」とは、人

が集まって住む形態、すなわち集住地であり、狭義の「都市」ではない。つまり人の住むところ全て

ということにしておきたい。

 人間の社会生活が始まれば、そこに集まって住むという集落ができるのだが、その時点でなんら

かの基準があった、と考えるのだ。そのひとつとして景観的な視点があったのではないか、と推測

したい。古代における風水的思想にも反映されていた、と考えられるし、そもそも神の座を定めるに

も、その様な痕跡が認められる。あるいは時代が下がって、たとえば富士山の景観などは 江戸と

いう都市の成立にも大きな影響を与えていたようだ。それらの点も含めて、景観を中心に都市デザ

インの方向を模索するものである。

 

2 都市デザイン論の概観

1) 都市計画の時代と土木的景観論

 計画学の流れの中で、土地利用計画と交通計画から、都市計画、地域計画、地区計画が行わ

れた。いわゆるマクロな視点での地形図の読み、と部分的には視覚的な軸線構成が考慮された

ようである。

 ほぼ時を同じくして地理学の分野からの都市像の追求がなされた。地形的な分析に加え、社会

的条件をもふくめ、検討がなされたようである。

 景観という言葉については、都市計画の分野より土木工学からのアプローチが盛んに行われた。

ただデザインと同じく、その評価方法が工学的手法に乗りにくい中で、さまざまな定量性の研究が、

現在も行われている。

2) 創造都市論からの政策論

 近年のグローバル経済の進展に伴い、都市経営をどう行うか という経済学的・社会学的な 都市

デザインが考えられるようになってきた。アメリカのC・ランドリーやR・フロリダらによる、いわゆる創

造都市理論である。そこで問われるのは、クリエイティブな人材を定住させるだけの都市の魅力が

必要だとして、社会的側面だけでなく、都市自体のハードとしての整備を要求している。

 また近頃の環境問題の認識から、スローフードならぬスローシティという概念も確立しつつある。

これらむしろ政治的な都市論は、日本の場合、中心市街地の再生と連結し、地域コンサルタントあ

るいは商業コンサルタントも、ヨーロッパにおける、コンパクトシティという考え方から、都市像を模索

している状況である。

3) 「まちづくり」の展開

 いわゆるコンサルタントと行政の2者による住民不在の委員会型都市計画を反省し、ワークショッ

プを計画方法とした住民参加型まちづくりが、あちこちで行われるようになってきた。

 さらに建築行政・都市行政・道路行政自体も、柔軟な思考をせざるをえなくなり、一時期では考え

られないような法律からはみ出した各種の試みがなされ、有力自治体を中心に全国的な展開を見

せつつある。

 たとえば歴史文化を重視した「まちづくり」、幅員が道路法や建築基準法の条件を満たせない路

地を防災上排斥するのではなく積極的に生かす「まちづくり」、さらには賑わい空間の創造をテーマ

に道路上の商業施設からの「まちづくり」などである。

4) 景観法の成立

 以上の状況の中で景観問題の重要性が一般化し、「景観法」の成立をみた。これは都市の地域

の中に、景観をまもるべき景観地区を設定し、景観上重要な建造物あるいは樹木を保存し、さらに

景観上好ましくない事物を規制しようとするものである。しかしながら良い景観を積極的に作るとい

う点からは、不満の残るものではある。

 以上のいずれからも抜け落ちている点が、個人のミクロな視点である。本来もっとも大切にすべき

それが、数値化しにくいということから、正面切って考えられないことこそ、景観デザイン論が前進し

ない大きな原因であろう。

 

3 デザインと景観

 そこで景観を中心にすえた都市デザインの方向について考えをめぐらす前に まず景観という言葉

を再確認しておきたい。

1) 景観とは何か−景色・景観・風景

 「景色」は2次元的な(view)であり 「景観」は3次元的な(landscape)と考える。さらに「風景」と

は、時間軸を加えた4次元的な(scene)としておきたい。

 いずれも視点というものがあり、個人の視覚で見、感じるものである。したがって問題はその個人

の感性をいかにして普遍化していくか、というところにある。

2) 景色の構成要素

 緑(田・畑・庭木・生垣・林・杜・森・並木…)

 水(川・池・用水・湖・海…)

 地形(山・丘・谷・平地・斜面・崖・遠近感…)

 光(太陽・月・夜景・時間・照明・空気・虹…)

 土(道・広場…)

 空(青空・雲・朝焼け・夕焼け・スカイライン…)

 人(個人・集団・群集…)

 乗り物(自転車・自動車・列車・船・飛行機…)

 建物(住宅・集合住宅・事務所・商店・工場・学校・病院・神社仏閣…)

 工作物(道路・橋・擁壁・鉄塔・広告塔・電柱・電線・ダム・堰堤・堤防…)

 以上のそれぞれが形と色をもっている。字面から言えば、まさにそれらの集合が景色といわれる

ものであろう。

3) 景観イメージ

 以上の景色を、ある空間の中で「実感」することが景観に他ならない。そしてその時、人はそれに

対しあるイメージを持つのだ。もっとも重要なことは それがわかり易いかどうかである。一般的にイ

メージは,統一されている方がわかり易い。同時にまた美というイメージを感ずるには、各種の要素

(ここでは上記要素の色・材質・模様・大きさ・数量・時間…)がそれぞれ調和し かつ均整がとれて

いなければならない。  さらに個性(個々の感性=個々の想像力)は、他にもさまざまなイメージ=

メッセージを受け取る。それは楽しさ・明るさ・スピード・安心・驚き・清潔・健康などである。

4) 景観の評価−デザインとの共通性

 以上のイメージをプラスにとり、心地良さを感ずるものが良い景観ということになろう。しかしながら

それらを数値であらわすことは非常に難しい。まさにデザインを論ずると同じ問題が生じてくるのであ

る。つまり景観の評価もデザインの評価と同じものといえるのではないか。

 だとすればここでもう一度デザインに立ち返り、「美」と「用」と「メッセージ」について考えなければ

ならない。

5) 美しいと思う感情

 「美しい」と思う感情は、「視覚における心地良さ」を感ずることであると定義したい。つまり美とは

脳のある部分で働く快適性の表出とみることにしておきたい。さらには単なる快適性以上に「感動」

をも味わうこともある。

 昨今の脳科学の進歩は眼を見張るものがあるが、とくにMRI(磁気共鳴画像)の利用によって感

情が脳のどの部分で生じ、さらにその良否すら特定できるようになってきた。 つまり「美しさ 」をも測

定できるようになりつつあるのだ。さらに「美しさ」が、たんなる感情以上の人間の生存そのものに関

連するらしい、とまで言われ始めている。それは人類が誕生以来獲得してきた社会性の もっとも基

本の位置にあることすら予想されるのだ。

6) 景観の公共性−パブリック・ヒストリー

 さらに個人の感性を一般化する方法として、注目されてきたのが、米の都市学者ドロレス・ハイデ

ンが唱えるパブリック・ヒストリーという概念である。つまりはその場所あるいは地域の持っている歴

史的・文化的要素を共有することである。

 つまり文化を体感するということは、地域・民族・時代・様式・思想・技術・教養・生活・家族・経済・

環境を実感することにほかならない。そしてそれらを共有することにより、まさに「まちづくり」における

住民参加の方法で実現することが可能となる。先の「景観まちづくり論」は、むしろその点から出発し

結果的に住み易い都市を形づくっていく方法であるといえる。

 

4 感動空間と都市デザイン

 そこで以上の検討から、もう一度都市デザインの目的を確認しておきたい。デザインの3要素から

用として、つまり機能としてみる場合、安全性・利便性・快適性が確保されるのは当然である。つづ

いて美しさも大切な要件である。美とはなにか、という検討は別として、万人が美しいと感ずる環境

が必要であろう。さらに個人の感性を刺激する、歴史・文化つまり理性的なメッセージが表現されて

いなければならない。

 そこにおいてやっと「感動」する空間が出現するのである。四季の折々に、あるいは一日のある時

間に、生きてい<ことを実感し、あらためてフレッシュな感情つまり「希望」を確認するための場所、そ

れこそが都市デザインが目的とする空間なのである。

 したがって景観都市デザインの方法は、まずその都市の景観構造を詳細に検討することが必要に

なる。まず視点の設定とその移動と、そこに現われる景観要素の把握である。そこからデザイン物件

のあり方が美という非常に個人的な感覚の綜合と、その場所の歴史的・文化的・社会的な条件の検

討から、問われてくるのだ。

 

5 おわりに

 つまり個人的な美といわれるものが様々な検討を経て、また社会的な美というものに昇華すること

になるのだ。したがって廻りまわって「美しい景観を実現すること」こそが、都市デザインの最終目標

と言えるのである。

 景観デザインにとどまらず、環境に関わるデザインすべてについて 上記の検討が必要となる。同

時に施設の設計、構造物の設計など、美と用とメッセージについて評価することも可能である。例え

ば設計コンペでの選定もわかり易いものになるのではないか。

 コンペをする、しないにかかわらず、行政としては景観構造について調査を行い、各種の計画・設

計に利用できるよう公表する義務があろう。つまりは景観構造さえ十分把握できてれば、それぞれ

の計画の評価も、容易にできるはずである。したがって景観構造把握の手法の確立こそが、早い

時期になされなければならないのである。

 

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