物語りとしての景観−感動と共有

追補:景観における物理的体感(イメージ・スキーマ)について →jump

(2011・9・24)

1) 景観における物語性

  景色を ある空間の中で体感し 総合化(構造化)する事を「景観」 とした

  その際 個性(個々の感性=個々の想像力)は 様々なイメージをメッセージとして受け取る

  (美しさ・楽しさ・明るさ・スピード・安心・驚き・清潔・健康・懐かしさ・落ち着き・癒しetc)

  それらに共感することが 景観への「感動」 であるが

  それらをより昂めるのが そこにおける様々な物語りであろう

 

  さらにローマ時代のゲニウス・ロキ( 地霊と訳されている)といえば少々大げさだが

  ジェイン・ジェイコブスのいう「場所の記憶」 つまりそこが抱えている歴史や文化こそ

  景観のもつ物語性であり その文脈の中で上記のメッセージを共有することにより

  共通の景観認識が生まれる とも解釈できる

  いやむしろ そういった物語性こそが景観の本質ではないのか

  以下そんな視点から 「物語りとしての景観」 を考えてみたい

 

2) 美と社会性   

  最近読んだ 宗教学者島田裕巳著「日本宗教美術史」の中に

  奈良時代仏教が急速に広まった要因として

  それまでの目に見えない神の姿とくらべ 仏像という存在

  さらにはその美しさの認識にあるのではないか との記述があった

 

  もっといえば美というものの認識は 人間の根源的なもので

  人類の社会性の初期の段階での必要条件としての 「美」 が論議されつつある

  いわゆる哲学的な美学ではなく 認知科学としての進化論的立場からの

  アプローチである

  その一人 岡山大松木武彦准教授によれば美には 三つのものがあるという

  すなわち輝きや色彩が脳に直接訴える 「検出の美」

  ついで秩序的な「よい形」としてパターン化し脳が快感を感ずる 「体制化の美」

  さらに見る人の「心」に何らかの具体的な事柄や感情を生じさせる 「喚起の美」 だという

 

  人間は社会的コミュニケーションの媒介としてのモノを用いる という特色があるが

  その価値の最初のものが 上のような美だというのだ

  そのあたりについては もう少しわかりやすい呼び方も含めて

  さらに検討が必要とされようが ありうることではある

  そこで少し寄り道をして そんな美について考えてみる

 

  なお最近読んだ遺伝学者・人類学者スペンサー・ウェルズの「パンドラの種」は

  人類の始まりから 今後の未来にまでわたる人間社会を概観する好著だが

  いわゆる猿人と 続くネアンデルタール人などの絶滅した旧人と 新人との違いにふれ

  社会性の発達による文化の萌芽 とくに遺物などから類推すると

  「芸術性」を獲得したことにありそうだ と示唆している

 

3) デザインにおける検出の美・体制化の美・喚起の美

  別のところでデザインの要素として3つのものをあげている

  すなわち「美」と「用」と「メッセージ」であるが

  市販の工業製品について上記の美をあてはめてみると

  「検出の美」 としては ともかく目立つこと 他製品との差別化

  というのがそれにあたるようだ

  続いては 「体制化の美」 つまり形のよさ バランスのとれた

  シンプルかつプロポーションのよいものであること

  最後の 「喚起の美」 はひとへの訴求力ということになろう

  なるほど 使えるのかもしれない そこで景観にも適用してみよう

    

4) 検出の美

  身の廻りでいえば 宝石や貴金属のようなもの キラキラ光るものが

  その代表であろうが 景観においては まず色彩があげられる

  一般的に同色世界 たとえば桜の花一杯の花見風景

  黄色一色の菜の花畑やひまわり畑あるいは稔りの稲穂などもこれにあたる

  当然 新緑や紅葉風景もあるが 日の出・夕焼けなどの自然現象

  夜景もそうだし 月を愛でる心情 雪景色など

  火のある風景もその典型で 火事場の野次馬などは

  まさにそこに美を感じているのではないか とさえ思える

 

  花火も 打ち上げ花火はもちろん 線香花火まで見入る対象だ

  形態的にみれば富士山のような独立峰は当然として 雪山の山脈

  あるいは巨石・巨木それに瀧 鉄塔なども この範疇に入りそうだ

  それとともに地形的な特色 いわゆる絶景といわれるもの

  くわえてパノラマ風景をも ここに入れておきたい

 

5) 体制化の美

  いわゆる「良い形」というのが これにあたるという

  それはつまりできるだけ 単純化させる またわかりやすい形を求める傾向が

  脳にあって そういったものに対し その褒美つまり快感を与える というのだ

  たとえば対称形あるいは安定感 秩序だったリズムなどがそれにあたるという

  たとえばピラミッドは大きさ・高さとしては上記 「検出の美」 とも認められるが

  同時にその形態の規則性が美として脳に訴えかける との解釈である

 

  よくいわれる山の形の安定感で 富士山もここにおいて二つ目の意味をもつ

  人工的なものでは土木構造物がここに入りそうだ

  まず道路そのもの 直線道路については風景が1点に集中していく対称性

  並木などの規則性 同じように橋について見ると

  同様な1点パース風景と欄干・橋脚などの規則性

  さらにはダム・吊橋なども力学的な経済性の検討が 安定感として

  訴えるものがあるのかも知れない

 

  特徴的なものとして西洋庭園や建物なども対称性が重要視された時代があった

  色彩や形状の統一性などは景観技術として定着しているが

  制服・祭の服装なども色の検出というよりも その統一感による

  「整列効果」ともいわれる わかりやすさなどの方が重要にも思える

 

  なおいわゆる対称性(シンメトリー)という概念は 線対称だけでなく

  点対象つまり回転対称あるいは放射対称 相似や渦巻きやフラクタルまで含み

  配列におけるすべての数学的な規則性をあらわすことのようだ

  だとすれば上記の美はすべてシンメトリーということができる

 

6) 喚起の美

  上記二つの美にたいし ここでの美の認識はより複雑である

  人間の想像する能力こそ 他の生物との脳の差をあらわしているというが

  やはり進化論的にみれば もっとも遅く獲得した脳内の快適性なのであろう

  ここからは個人的な想像でしかないのだが

  最初は具象表現だったものが 次第に抽象化したものも理解できるようになり

  ついにはそんな考える という脳内行為自体が快感となったのではないか

 

  もっとも典型的なものは 春先雪山にあらわれる雪形である

  たんなる残雪の形を 意味のある表象としてとらえ さらに名前をつける

  という行為は 社会的コミュニケーションの方法としては かなり高度だ

  さらにいえば星座や月のウサギなどにも当てはめられよう

 

  上記の三つの条件は 当然重複してあらわれることもあり

  その場合より一層脳に働きかけることになり 美の強さとして意識されよう

 

7) メッセージとしてのSTORY化そして共有化のための物語性

  以上みてきた中で喚起の美 別の言葉でいえばイメージを心に呼び起こすことでもあるが

  脳は事象や現象を切り分けた概念を 関連づけておかなければならない

  そしてその情報の縮減化こそが 連想であり その褒美としての快感があるのかも知れない

 

  しかしたとえば西洋庭園との対比でいわれる日本庭園の抽象性は

  よくいわれる自然や四季の再現という以上に 哲学的なイメージすら存在する

  利休以後の茶道の進化も同様に考えられよう

  日本文化は天皇を中心とする 一応安定的な政治が続いたためか

  そういった抽象表現がより発達したように思える

 

  さらに最近顕著な 廃墟や乗り物などに対する美的感覚も

  ノスタルジーをもあわせてイメージを喚起する美としても考えられるのだが

  その歴史・文化の思考が異なれば その美の感じ方も変わってくるということはありうる

   しかしそれは今までの人類根源の美 という点からは別のものになりそうだ

  つまり先のデザイン論からすれば 「メーッセージ」 にあたるもので

  景観的にも同様のものとして考えられる

 

  あるいは松木准教授の言うように 前文字社会から文字社会が出現し

  それまでの即物的な美が さらに進化して 「メッセージ」 として

  脳が理解できるようになったのかもしれない

  さらには STORY化は連想のための方法として以上に

  イメージの共有化(社会化)のための方法としても位置づけられるのではないか

  景観を考える中で それをメッセージとして捉えるならば

  そのSTORY化は必然であり 景観はすなわち「物語り」である といえそうだ

 

8) 景観における物理的体感(イメージ・スキーマ)

  先頃読んだ角川選書「認知考古学からみる古代 古墳とはなにか」によれば

  上記岡山大・松木先生(現在教授)が また注目すべき見解を述べている

  そこでは巨大前方後円墳がいかにして誕生し そして数百年後に終焉を迎えたかを

  大胆に推論しているのだが 有史以来世界の宗教的な構築物には3つの基本形があるという

 

  第一はむしろ平面的なものでストーンサークルのような

  空間のなかに内側と外側をつくる仕掛けで 境界を意識する構築である

  さまざまな結界をつくりだす方法で 鳥居などもここに含まれるかもしれない

  第二は高くつくられた構築物で ピラミッドのようにたくさんの人に見上げさせ

  畏れや救いの感情をうながす装置であるという

  さらに第三は世界の寺院や教会の堂のように 明確で印象的な正面をもつ装置で

  そこに向きあうように人を導き 対話や自省を呼びかける働きをもつという

 

  つまり 内外・上下・対面などの物理的体感から 過去の建造物の意味・目的を

  さぐる認知考古学での手法である

  もともとイメージ・スキーマというのは認知言語学において述べられる概念のようだが

  空間心理学などにおいても 同じように考えられるかもしれない

  今後その動向を注目しておきたい

 

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2010・6・21

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