箕瀬二丁目ディープ
おまけ 箕瀬三丁目・日限地蔵縁日 →jump
※廃屋解体 →jump
箕瀬二丁目新築住宅
大久保町方面から箕瀬に抜ける道路 ただしクルマは抜けられない
なんだが広々とした感じになっていた
これは逆側 エンゼル方面からの通り
下にもあるように 6年前の廃屋が解体されるまでの姿 右側(南)の住宅も 建て込んでいた
しばらく更地だった敷地に平屋の住宅が新築 さらに東側でも平屋住宅が工事中
(2024・9・22)
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箕瀬は飯田市街地の西に位置する通りで 旧飯田城下のなかでも もっとも古い町筋といわれており
城下を通過する三州街道の入り口の在郷町として 商業的にも発展してきた
中心部の繁栄とともに 次第に周辺居住者にサービスする近隣商店街となり 現在はそれも歯抜けが目立つ
昭和22年の飯田大火も免れたため 区画整理も行われず いたるところに路地がみられる
1丁目から 3丁目まであるが とくに2丁目は大きな敷地が少なく 住宅密集地として残っていて
黄色で囲まれた部分が行政上の箕瀬 2丁目 ほぼ半径100m以内に納まっている
通りを中心にして南東と北西に広がっていて 北に箕瀬 1丁目 南に箕瀬 3丁目 緑の部分は段丘傾斜地で
昔の街道は 現国道256号方面より 坂道を登り 枡形から通りへ その先の大横町から本町を下ったようだ
なお江戸期には足軽長屋が並んでいた模様で それらについては こちら
その関係から2丁目のみは長姫神社の氏子となっている
まず大きく周囲を歩いてみる 昔の坂道を登って枡形へ出る そこから右折すると
左に日限地蔵を見て 通りの角へ
この部分は まだ3丁目 さらに白山通り方向 右手の黄色い建物が後藤酒店
通りを1丁目方向へ ほぼ2丁目の中心
さらに進むと左に柏心寺 ここは1丁目になる 正面の焦げ茶の建物は廃業した後藤書店
その旧後藤書店と柏心寺の間の小道を進むと 源長川沿いの寺墓地の石垣の交差点に出る
これを左折して旧飯田城の空掘といわれる石垣に沿って裏通り 右手が味噌製造のマルマン工場
一旦 後藤酒店の倉庫脇に出るが 路地はさらに続いていて クランクしながら
最終的には 先ほどの旧街道からの登り口に戻ることになる
夏にその路地に迷い込み 時代に取り残された風景に興奮したことがある
路地の奥は部外者としては入っていきにくい空間ではあるが 記録に残すべく歩いてみた
@ 箕瀬表通りから裏通りへの路地
表の通りから裏の通りへ抜けられるかどうか 歩いてみた クランクして長屋にぶつかる
長屋の脇にちょっとした広場があり そこから細い路地で裏の通りへ出ることができた
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A 後藤酒店の脇を長屋方向へ
後藤酒店の店舗と倉庫の間の細い路地を抜けると上の広場に出る
どうも長屋の1軒を解体した跡地のようだ
長屋の前の路地を進むと 一部長屋を建て直した2階家があったりするが 最終的には柏心寺の手前に出る
突き当りを右折すると路地が真っ直ぐ 箕瀬の表通りへ 右写真は出たところ
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B 裏通りから長屋前を抜けて広場へ
前回 長屋から裏通りへ出られそうだったので 逆側の裏通りから入ってみた
1人がやっと という細い路地を抜けると 長屋の角へ そこから長屋の前を前回と逆に進むと広場に出る
C 大橋丹治(株)から大久保町方向へ
大橋丹治(株)は水引の卸店 社屋の南側の道路を大久保町方面に
柿の木にぶつかりクランクするが クルマは何とか通行可能 左に突き当たりの路地
さらに大久保町方面に進むと 福祉施設「はなみずきの郷」に出る その建物脇の駐車場にも細い路地
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D 箕瀬3丁目方向への路地
上の柿の木から右に細い路地 民家に突き当たって右折すると空き地に出る
空き地の脇を抜ければ表通りへ行けそう 逆側は福祉施設の駐車場へ
空き地から先に進むと突き当たり 右手はやはり表に抜けられそう
クランク状に進むとやはり突き当たり そこからも表通りまでの路地
上の突き当りを左に真っ直ぐ行くと 廃屋のある3丁目方向に出る 右写真は逆方向から
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E 福助パン新店舗から大久保町方向へ
箕瀬3丁目角の福助パン新店舗 1丁目の市庁舎改築に伴い新築移転したもの この脇に小路がある
廃屋の前をずっと行くと 大久保町の通りにぶつかる
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とまあ今どき珍しい迷路のような一角でした なお我が家の敷地にも 箕瀬 2丁目が一部ふくまれています
2012・12・3
景観上問題となっていた上の廃屋が解体された
屋内から屋根を突き破って桐の木が生えていたが
左の波板トタンが廃屋 ある日重機が入り作業が始まり
数日のうちに更地となった ただ廃屋予備軍が数多存在している
(2018・4・24)
おまけ 箕瀬三丁目・日限地蔵縁日
(2023・3・16)