丘の上銭湯記憶
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おまけ三つ目 阿智村駒場旧玉の湯 →jump
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井之頭五郎 at トキワ劇場
(2025・1・21)
「孤独のグルメ 年末特別編」にて 五郎が飯田に現れた 映画館・トキワ劇場にフィルムを届ける設定
渡すことができず 例によって空腹を嘆くシーン (トキワ前にて)
追加/最後の銭湯「白山湯」
(2011・9・4)
白山湯は平成24年4月29日をもって営業を停止しました
早く入ってみなきゃいかんなあ と前を通るたびに思っていたが
ついに家族に高らかに宣言して 雨の夜に訪れてみた
大平街道を挟んだ向かいの飯田信金上飯田支店の駐車場にクルマを置いて入場
男女表示がなくて困りながら 右の入り口を潜ると 番台で迎えてくれたのは
今年83という元気のいいオバアちゃん
なお後方作業はオジイちゃんの担当らしい 昭和6年の開業とか
こじんまりした 清潔感あふれる浴場 客は男湯計4名 女湯にも声からすると2名ほど
お湯はかなり熱め 料金は380円 月・金が定休日で午後4時から8時までの営業
左は玄関先 右はその逆方向 やや遠慮しての室内撮影で余裕なく
ウチに帰って確認したら 鏡にモロ出し姿のお見苦しい写真 枚数が少ないので平にご容赦を
柚子湯や菖蒲湯もキチンとやっているらしいので そんな折また訪れたい
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昭和30年頃最盛期を向えた市街地の銭湯も ご多分にもれず廃業に次ぐ廃業
子どもの頃の記憶を頼りに その現状をできるだけ追ってみた
市街地で唯一がんばる現役銭湯 飯田市白山町の「白山湯」
裏道には燃料の廃木材 右は建物を横から
しばらく前に廃業した江戸町の「玉の湯」
二本松遊郭の近くで 往時には賑わった模様
平成24年10月下旬解体され更地になりました
なんとか利用できないか と周辺の声
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先日表参道から少し入ったトンカツ屋「まい泉」青山本店では案内されてアッと驚いた
高い折り上げ天井は銭湯の空間そのもの あまりの妙にデジカメ出すのを忘れたほど
なるほど 飲食店という使い方もあるのか と感心した
左は玉の湯から東南の柳通りを少し下って江戸浜町の元「松の湯」 現在「松ビル」としてゲタ履きアパート
旧二本松遊郭からは裏の小道を使うと 玉の湯よりも近いようだ
右写真は鈴加町の別の「松の湯」跡地の駐車場
左は主税町の突き当りにあった元「桜の湯」 現在2階屋と駐車場
小学校4年までは 住んでいた銀座通りの住宅からいつも利用
右は松尾町1丁目の元「亀の湯」 現在駐車場と2階屋
左は追手町1丁目 元「藤の湯」 現在集合住宅 3年ほど前まで営業
右は箕瀬1丁目 これも別の元「藤の湯」 現在駐車場 高校の頃はときどき利用した
左は扇町 元「知久の湯」 銀座から大久保町へ引っ越してからはよく利用
現在3階の鉄骨ビルの住宅兼事務所
右は中央通り4丁目から北に抜ける栄小路の元「富貴乃湯」
現在和食料理店として「富貴乃湯」を名乗っている
その後 桜町に 「花の湯」 本町4丁目にも銭湯があったとの情報
さらに旧二本松遊郭の中にも「仲の湯」というのがあった模様
地図で見ると見事に空白部にあてはまりそう 調査継続中
一方市街地中心部より多少外縁部の大型施設 いずれも駐車場を備えていてクルマでの利用が可
市街地から大平街道を上がって中央道を越えたところ
「砂払温泉」はスーパー銭湯化
結婚式場だったが不振で一時閉鎖していた「大宮温泉」
古くからスーパー銭湯的な利用がされてきた
現在は入湯も可能なようだ
飯田城址に建つ和風旅館「三宜亭」の併設温泉施設
飯田城温泉「天空の城」 段丘の突端だけに眺めはよろしい
温泉というよりもスーパー銭湯としての使われ方
市街地からは少しはずれるが アップルロード沿いの「湯〜眠(ゆーみん)」
ホテル併設の温泉施設 ここも日帰り入浴客が多い
2009・1・20
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(2010・7・22)
先日所用で北千住を訪れた際 kid’sさんの思い出の地を探索
なんとその昔 この大黒湯の裏に住んでいたという
北千住案内フライヤーによれば22軒の銭湯が現役だとか
東京の銭湯では大田区南雪谷の明神湯と並んで有名 唐破風の下に由来の大黒様
ただし入り口は現在 右側のシャッター部分のようだ
大黒湯の裏手 kid’sさんはこのあたりのアパートに住んでいたという
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(2021・4・13)
三州街道駒場宿 旧道から伍和方面に下る道への小道にある建物
大正後期に建てられ 昭和45年ころまで現役だったという
いかにもそれらしい外観 右の男湯の脱衣室 当時は板張りで
廃業後 タタミを敷いて居室に使っていたと推測 なお番台は当初からなかったかは不明
奥が男湯の浴槽 手前は上り湯かも知れない 風情のある女湯との仕切りと天井
同じような女湯の構造 背景画は現倉敷市の下津井海岸と書いてあった
女湯から脱衣室方向 こちらは板張りのままだが 入り口との境の敷居をみると
やはり同じようにタタミを敷いて居室として利用していたのだろう
(2009・1・26)
中央通り1丁目 現在は「千劇」 現在2スクリーン その昔は「中劇 」 東映の時代劇専門だった
市川歌右衛門の旗本退屈男 や片岡智恵蔵 錦之助・千代之介・橋蔵などの全盛時代
さらにその昔は「電気館」といった時代があったようだ 右写真は裏側の中央公園から
公園に上がる階段の左に公衆トイレ 2階建ては貴重 裏通りから1階トイレ
右写真は目隠しができる前
主税町の横丁入り口の「銀星会館」跡 ここは洋画専門で 高校の頃は3本立100円
右写真は仲ノ町二本松入り口 中層アパートの敷地に木造2階建ての劇場があった記憶
たしか「面白クラブ」と言ったような
銀座通り5丁目と扇町の角には現役の「トキワ劇場」 現在3スクリ−ン
昔は常盤劇場と称し さらにその昔は大松座といったらしい
ここは東宝系 加山雄三・田中邦衛の若大将シリーズ
中央通り4丁目の「日活劇場」の跡地 吉永小百合「愛と死をみつめて」に泣かされた
廃業してからは家具屋の店舗 その後書店として賑わったが 今は若者向けの雑居店舗
右写真は建物側面
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(2012・10・13)
1978年の日活・青春映画 「帰らざる日々」 原作・脚本は飯田出身の中岡京平
撮影のほとんどを飯田市でロケしたらしく 当時の飯田長姫高校の木造校舎をはじめ
飯田市の風景が出てくるというので 話のネタにと数十年ぶりに映画館に足を運んだ
千劇シネマズ ここは昔は中劇といって東映のチャンバラ映画が主だったが 今は3スクリーンの映画館
小学生たちは別の映画を見にきたようだ
舞台は1972・78年の飯田市 1976年のアリスの同名のヒット曲を主題歌に
ちょうど10年くらい後の世代の物語で 観客 3・40名はやはり団塊女性が多かったようだ
タイトルバックは新宿発 「急行アルプス」 当時飯田まで 6時間 早く帰りたいという気持ちに
辰野で信濃森上行きから切り離された2両の飯田線での時間は ほんとに長く感じられたもの
そんな情景とともに 学生の頃へ一気にタイムスリップ
監督は藤田敏八 主演は永島敏行・江藤潤 脇を母親役で朝丘雪路 同棲相手役を根岸とし江
さらに中村敦夫や吉行和子 若き日の中尾彬や小松方正・草薙幸二郎 となかなか多彩な顔ぶれ
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「Bye,Bye,Bye 私のあなた Bye,Bye,Bye 私のこころ…」
しばらくは センチメンタルな気分を引きずって アリスの曲のサビ部分を いつしか口ずさんでいたりした
たまたま通りかかったら ロケバスほか大勢の人だかり
どうも映画の撮影らしい 近くの関係者に聞いたら ラフ ラフ ダイ(仮)という映画で
沢城湖の施設に泊り込んで 全編を飯田でロケするという
これは3テイク目 若者たちが横断歩道を走って逃げる というシーン
それを追いかける黒づくめアタックスーツの2人
(2021・12・30)
それから1年 ようやく飯田・トキワ劇場にて先行封切
どこで撮影しているのか 景観的に興味があって 数年ぶりに映画館へ
初日には関係者による舞台挨拶があったというが 平日の午後とあって 全34席のうち 観客は2人のみ
主として 笠松山麓の温水ため池・沢城湖と保養管理施設・沢城荘で合宿しつつ撮影したようだ
(その後 建物は老朽化により解体された)
左は湖畔の牧場 右は飯田駅前のアイパークが舞台
さらに こちらは知久町の裏界線
映画自体の感想は とくにありません
(2023・1・15)
元日活劇場解体
中央通り4丁目の「日活劇場」の跡地 その昔 帰省した折 浪人中だった福澤暉夫君と 吉永小百合・浜田光男主演
「愛と死をみつめて」を 観た記憶がある お互い涙もろい性質で 終了後のまぶしい太陽のもと テレ合ったこともあった
廃業してからは家具屋の店舗 その後書店として賑わったが 最後はは若者向けの雑居店舗だった
右写真は建物側面
中央通り4丁目 元日活劇場 かつての平安堂 そして雑居ビルの解体がはじまった
地下に駐車場があったが そこを埋め戻し
鉄筋コンクリート造の建物の解体が進行 正面奥の長方形がスクリーンのあった位置か
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そしてついに更地となり 1年ちかくかかって 駐車場となった
飯田駅に近い一等地だが やや勿体ない感じだ
(2022・6・21)